1819.02.22 アダムズ・オニス条約〜スペインからフロリダ購入

Napoléonからのお買い物に関連してさんざんゴネたことで、アメリカはスペインからちゃっかりフロリダを購入することに成功しました。複数の「わがまま」を主張するのは外交の基本かもしれません。

この当時のアメリカにとっては、東海岸南部にスペイン領(フロリダ地方)がある状態を解消することの方が、テキサス方面で領土拡張することよりも優先順位が高かったということでしょう。

1819年[US042]2月22日、アメリカはスペインとアダムズ・オニス条約を締結し、500万ドルでフロリダ地方をアメリカに割譲することと、アメリカとスペイン領の国境を確定させることに合意した。

最初にクールザックリまとめてみました。

アメリカは500万ドルを支払ったうえ、ルイジアナ購入(1803年[US027]4月30日、アメリカがフランスから仏領ルイジアナを1500万ドルで購入した)によりアメリカに帰属すると訴え続けていた スペイン領テハス(テキサス)のサビーン川西岸地域での領土主張を取り下げました。

そして、その代わりにフロリダ地方を獲得し、メキシコ湾岸からロッキー山脈を越えて太平洋岸に達する長大なスペイン領との国境線を画定させることができました。アメリカは新大陸に誕生した国家として、「土地の購入契約」と「購入契約の解釈」を両輪として領土を広げていったところに特徴があります。

当時、スペインにフロリダの領土維持(植民、軍駐留)を行う余裕はなく、むしろ重荷となっていました。フロリダを代償にスペイン領テハスの境界紛争を解決できることはスペインにとってもメリットだったかもしれない。メキシコ独立戦争(1810年[US034]9月16日〜1821年[US045]9月15日)が継続中であったので、アメリカとしてはスペイン相手に境界確定しても「今後はどうなるか分からない」という計算もあったかもしれません。

領土拡張、国境確定に加え、西進を進めるアメリカにとって南部(フロリダ)からのスペインの脅威を取り除くことができた意義は大きかったと言うべきでしょう。


James Monroe第5代大統領は1823年[US047]のモンロー宣言で知られます。モンロー宣言はアメリカ大陸の独立国家にヨーロッパが干渉すべきでないこと等をその内容とします。宣言当時はメキシコがスペインから独立しているものの、カナダはひきつづきイギリス植民地、アラスカはロシア領であることに留意が必要です。

James Monroe第5代大統領は1816年[US040,4*454]大統領に当選、任期は1817年3月4日〜1825年3月4日でした。

アダムズ・オニス条約の「オニス」はスペインの駐米大使Luis de Onísから来ていますが、「アダムズ」は国務長官John Quincy Adamsから来ています。J.Q.Adamsは後の第6代大統領(1825年[US049]3月4日〜1829年[US053]3月4日)です。モンロー宣言を起草したのもJ.Q.Adamsでした。


参考(アダムズ・オニス条約発効(1821年[US044]7月1日)後のアメリカ領土の地図):https://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ合衆国領土の変遷#/media/File:United_States_1821-07-1821-08.png

文責:四々縦七

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